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 「一生楽しめるスズキ・メソード」をめざします。

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【訃報】中嶋嶺雄 才能教育研究会会長 逝去のお知らせ

5月6日に行なわれた第18回アンサンブル・フェスティバル/スズキ・メソードOB・OG会第4回コンサートでは献奏も行なわれました。 公益社団法人 才能教育研究会 中嶋嶺雄会長が、2月14日(木)午後10時26分、肺炎のため秋田市内の病院で永眠いたしました(享年76歳)。
 故人とご家族のご意向により、葬儀は都内の自宅にて2月18日(月)に近親者のみで相済ませました。
 ここに生前のご厚誼を深く感謝申し上げますとともに、謹んでお知らせいたします。
 なお、下記のように「大学葬」「お別れの会」が各地で執り行なわれる予定です。

 3月17日(日)13時 大学葬 主催:国際教養大学
             国際教養大学 多目的ホール(秋田市雄和椿川字奥椿岱)
             ※大学葬の詳細は、こちらをご覧ください。

 5月6日(月・振休)13時 「G線上のアリア」を献奏 こちらをご覧ください。
             主催:アンサンブル・フェスティバル委員会、スズキ・メソードOB・OG会
             国立オリンピック記念青少年総合センター大ホール

松本での「お別れの会」の新聞告知(クリックで拡大) 5月12日(日)11時 お別れの会 主催:公益社団法人 才能教育研究会、松本深志高校同窓会
             ホテルブエナビスタ2階「メディアーノ」(松本市本庄1の2の1)

 6月2日(日)11時 お別れの会 主催:中嶋嶺雄先生「お別れの会」事務局
             (代表 明石康 元国連事務次長)
             ホテルオークラ東京本館1階「平安の間」(港区虎ノ門2の10の4)

  なお、6月2日の「お別れの会」の内容をダウンロードすることができます。
  → 6月2日「お別れの会」ご案内文
  → ホテルオークラmap
  多くの皆様のご参列をお願いします。


連絡先: tel.080-4514-0511 「中嶋嶺雄先生 お別れの会」事務局

〈略歴〉
1936年 5月11日 長野県松本市生まれ
1960年 3月   東京外国語大学第六部第一類(中国科) 卒業
1965年 3月   東京大学大学院社会学研究科 修士課程 修了
1966年 3月   東京大学大学院社会学研究科 博士課程 退学
1966年 4月   東京外国語大学外国語学部 助手(歴史学)
1969年10月  東京外国語大学外国語学部 助教授(国際関係論)
1969年10月  外務省特別研究員(在香港)
1977年 4月   東京外国語大学外国語学部 教授(国際関係論)
1977年 9月   オーストラリア国立大学現代中国センター 客員教授
1980年11月  パリ政治学院 客員教授
1992年11月  カリフォルニア大学サンディエゴ校大学院 客員教授
1995年 9月   東京外国語大学 学長
1998年 6月   国立大学協会 副会長
2002年 4月   北九州市立大学大学院社会システム研究科 教授
2004年 4月   国際教養大学 理事長・学長(国際社会学)
2008年     社団法人 才能教育研究会会長に就任
2010年     スズキ・メソードOB・OG会顧問に就任
2012年     第16回スズキ・メソード世界大会の松本での開催を決定
2012年10月  公益社団法人 才能教育研究会会長    

専門分野    国際関係論、現代中国学、アジア地域研究

著  書   『現代中国論』(青木書店、1964)
       『中ソ対立と現代』(中央公論社、1978)
       『北京烈烈』(筑摩書房、1981)<サントリー学芸賞受賞>
       『国際関係論』(中公新書、1992)
       『21世紀の大学』(論創社、2004)
       『音楽は生きる力』(西村書店、2009)
       『「全球(グローバル)」教育論』(西村書店、2010)
       『なぜ、国際教養大学で人材は育つのか』(祥伝社、2010)
       『世界に通用する子供の育て方』(フォレスト出版、2011)
       『日本人の教養』(朝日新聞出版、2011) 
       『学歴革命』(KKベストセラーズ、2012)     ほか多数

兼  職   UMAP(アジア太平洋大学交流機構)国際事務総長(1998〜2006)
       文部省大学審議会特別委員(1994〜2001)
       文部科学省中央教育審議会委員(大学院部会長・外国語専門部会主査、2001〜2007)
       財団法人大学セミナー・ハウス理事長(2000〜2006)
       内閣教育再生会議有識者委員(2006〜2008)
       松本深志同窓会会長(2008〜 ほか

受 賞 等    サントリー学芸賞(1981)
       中華文化賞(2001)
       中華民国大綬景星勲章(2002)
       「正論大賞」(2004)

 中嶋嶺雄先生が2月14日ご逝去なさいました。 皆様とともに、謹んで先生のご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

  3月27日より松本で開催されます第16回スズキ・メソード世界大会は、中嶋会長の強い御意志で開催が決定されました。長く教育界に携わってこられたお立場から、今こそスズキ・メソードの素晴らしさを、 また、この教育システムの重要さを、世界40万人のスズキファミリーに、そして全世界の人々にアピールせねばならない時だとのご判断によるものでした。

 先生のそのご判断の正しさを証明するかのように、今回の世界大会では、今までの 世界大会の中で最大規模の5,000名を超える参加予定者数となっております。世界大会のプログラムも中嶋会長とご相談をしながら、公益社団法人としての公益性も踏まえて、多彩なものに仕上がりました。

「子供たちの音が世界をひとつに」

  スズキ・メソード発祥の地であり、中嶋会長の故郷でもある日本の松本から全世界へ、「子供たちの音と共に」今日のグローバル化の時代が「真の世界平和の時代」になることを願って、第16回スズキ・メソード世界大会を開催させていただきます。

 それがスズキ・メソード第一期生、国際社会学者中嶋嶺雄会長への何よりの供養と存じます。
 では皆様 3月27日より日本の松本で、またはネット上(※)でお目にかかりましょう。   (※)毎日You Tubeで発信されます。

第16回スズキ・メソード世界大会実行委員長
末廣悦子

 いつお会いしても少年のようなキラキラした目をなさっていて、先生が子どもの頃にヴァイオリンを習っていらしたご様子が目に浮かんでいました。

 スズキ・メソードは音楽教育はもちろんのことですが、子どもたちの人間形成に重要な教育の根幹を学べるシステムで、そのことについて中嶋先生とはとても意気投合していました。ですから「才能教育研究会の理事になるように」と自らお電話をくださいました時は、本当に光栄に思い、「これから私もお役に立てるようにがんばります」とお話しをしましたのに残念でなりません。

 2012年3月27日、サントリーホールでの「チャリティーコンサート東京2012〜東日本大震災復興支援」の時に、先生と並んで弾かせていただきました。中国研究の大学者の方なのに、いくつになっても子どもの時のように熱い想いを持ってヴァイオリンを弾いていらしたお姿が忘れられません。

 中嶋先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

ヴァイオリニスト 東京交響楽団ソロ・コンサートマスター
公益社団法人 才能教育研究会理事
大谷康子

 このたびの中嶋嶺雄先生のご逝去のお知らせ、あまりにも突然のことでショックも大きく、未だに信じられない気持ちでいっぱいです。つい先日お電話でお話しさせていただきましたばかりでしたのに…。

 中嶋先生には、私がコンクール優勝後、プロとしてデビューしました当時から今までの道のりを、いつも温かく見守り、ご支援してくださっておりました。お忙しいスケジュールの合間を縫っては、コンサートにも足をお運びくださいました。そんな先生にもうお会いすることができないのだと思いますと、本当に淋しくてなりません。

 そして何より、先生が鈴木鎮一先生の志をもとに、心からスズキ・メソードの発展を願ってご尽力され、厚い情熱を注いでおられ、特に3月に予定されております松本での世界大会開催をどれだけ楽しみにされ、その成功を祈っておられたことでしょう。さぞお心残りであったかと思います。

 そんな先生の思いを胸に、このたび参加させていただきます世界大会、少しでもたくさんの方々にスズキ・メソードの神髄が伝わるような、心の音が響き渡るようなそんな大会になるよう努めたいと思います。天国で鈴木先生とともに見守ってくださいます中嶋先生にも、必ずその響きは伝わると信じて…。

 中嶋先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

ヴァイオリニスト 竹澤恭子


中嶋嶺雄先生の思い出

 国際教養大学の学長、そしてスズキ・メソードの会長と、私の知る中嶋先生は、革新的な教育者であり、そしてご自身がヴァイオリンをお弾きになる音楽愛好家でした。教養としての音楽の重要性を説き、2004年の国際教養大学の開校時から、日本ではほとんど例のない試みでしたが、音楽家を目指さない一般の学生に対する本格的な音楽の講義を私に任せてくださいました。1年の準備期間の間、どのような内容にすればよいかを、私も試行錯誤しながら考え、ニューヨークのジュリアード音楽院やパフォーミング・アーツ専用の図書館で英語の資料を集めました。始まって最初の数年間、授業期間中の2ヵ月は学生のための資料作成や講義の準備のため、ほとんど徹夜続きでがんばりましたが、中嶋先生も時々授業を見に来て励ましてくださいましたし、年度を重ねるごとに私のレクチャーのヴァリエーションの引き出しも増え、ここ数年は、学外でも若い人のためにレクチャー・コンサートを行なう活動も始めています。演奏ばかりの生活を30代半ばまで続けていた私にとっては、まったく新しい経験であり、結果的に私の演奏での音楽表現における大きな糧になったように思います。中嶋先生ご自身も、「最近の玲子さんは、レクチャーを作り、教える経験を通して音楽的な幅が広がった」と幾つかの場面で話してくださいました。

 実は、今でも強く私の心に刻まれた中嶋先生のお言葉があります。それは学長室のプライベートな会話の中で、一度だけおっしゃった言葉、「音楽家は、好きな音楽を職業にできて、本当に羨ましいよ」。 満面の笑顔とともに、思わず出てしまった言葉のような印象で、本当に音楽がお好きなのだということが心から伝わってきました。この3年間は、中嶋先生が大学に「スズキ・メソード・アンサンブル」という科目を作り、積極的に演奏に参加されていました。私も秋田滞在期間中は、自分の授業以外にも時々このアンサンブルのお手伝いもさせていただきましたが、学生たちとヴァイオリンを演奏することが、お忙しい合間を縫ったスケジュールで、いかに先生に癒しと力をもたらしたかと考えると、本当によかったなあと思います。

 同様に、スズキ・メソードの活動も、強い使命を感じて心を砕いておられたと思います。2011年5月に、ちょうどニューヨークにいた私は、中嶋先生とご一緒して、カーネギー・ホールで行なわれたアメリカのスズキ・メソードの大会を聴きに行きました。中嶋先生は、ステージで満員の聴衆に対して英語でスピーチをされ、最後はどなたかのヴァイオリンを借りて、ステージで大勢の子どもたちと一緒に演奏されていました。その時も、本当に楽しそうな生き生きとした表情の先生を見て、私も心から嬉しくなりました。

ヴァイオリニスト 渡辺玲子


中嶋嶺雄先生を悼む

 平成25年2月14日 公益社団法人才能教育研究会会長,中嶋嶺雄先生が逝去されました。同研究会はいうに及ばず、多くの人々が、日本及び世界にとって正に「巨星墜つ」の感慨を覚えたことと思います。

 私どもスズキ・メソードOB・OG会は、平成22年5月に発足いたしました。同会の会長をお引き受けするにあたり,先生にお会いする機会を得て、「当会は鈴木鎮一先生およびスズキ・メソードに薫陶を受けた仲間が職業、年齢を超えて『心のふるさとキラキラ星』を共有しつつ、互いに親しくなることを目指す集まりとしたい」という趣旨のお話を申し上げました。

 そのとき先生は、慈愛の溢れた優しいお顔で、即座に「では私も仲間の一人ですね」とお声をかけていただいたのです。先生の教育界、国際社会学のフィールドにおける世界的なご活躍はいうまでもないことですが、その先生のお広い、崇高なご活動の源は、この、人間を愛し慈しむお人柄にあるのだということに深く感銘を受けた一時でありました。

 先生にお会いできなくなってしまったことは痛恨の極みでありますが、私どもスズキ・メソードOB・OG会は、先生の教えを深く胸にきざんで、一人でも多くのOB・OGの交わりの深耕を目指して、力を尽してまいりたいと思います。

 中嶋嶺雄先生,どうか安らかにお眠りください。
 本当にありがとうございました。

スズキ・メソードOB・OG会会長
木村 眞一