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エッセイ

スズキ・メソード埼玉彩北ブロック 第34回卒業式に寄せて
〜紿田俊哉副会長

 
 これは、2019331日に、深谷市花園文化会館アドニスで開催された、才能教育研究会埼玉彩北ブロック第34回卒業式、卒業記念演奏会での私の講演内容をまとめたものです。スズキ・メソードに関わっておられる指導者の皆様や親御さんの少しでもご参考になれば大変うれしく思います。
 2021年9月中旬に、たまたま、その時の原稿が見つかりましたので、このたびこちらに掲載させていただきます。

当日のプログラム 本日はスズキ・メソード ピアノ科 第34回卒業式の卒業記念演奏会にお招きいただき、大変ありがとうございます。ご卒業の皆様とご家族の皆様、それから、ご指導に注力されておられる指導者の皆様、本日は大変おめでとうございます。

 只今ご紹介いただきました、紿田俊哉(たいだとしや)と申します。
 現在、スズキ・メソードとの関連ではスズキ・メソードを卒業されたOBOGや「大人のスズキ」の皆様と20105月、今から約9年前に創立しました「スズキ・メソードOBOG会」の副会長を務めております。演奏会の開催や、会員・ご家族を含めての異業種交流を目的に、具体的には毎年5月にスズキ出身の世界的な演奏家をソリストとしてお迎えしてのコンサートの開催、「楽器をもって集まろう会」と称する全国のいろいろな地域での合奏企画と実行を行ない、広くOBOGの皆様に楽しんでいただいております。

 私は、長野県伊那市で19453月に生まれました。第二次世界大戦終焉がこの年の815日ですから、最後の戦中派の一人ということになりましょうか。

 鈴木鎮一先生がドイツに留学され、ご結婚され、ご帰国されたのは1928年でした。ご帰国後は、鈴木クヮルテットでの活発な演奏活動、国立音楽学校講師を経て、帝国音楽学校の教授に就任、執筆活動も精力的に行なわれるなど、ご活躍が続きました。しかしながら、第二次世界大戦の拡大に伴い、東京を離れ、終戦の1945年まで木曽福島に疎開され、鈴木バイオリンの木曽福島工場長を務められました。長野県の松本に転居されたのは19469月と伺っていますので、スズキ・メソード(才能教育研究会)の活動を開始されたのはその後からになりますね。

 鈴木先生が長野県下でスズキ・メソードを広めていかれる過程で、私の両親も鈴木先生の「音楽を通して子どもの人格を育てる」というお考えに共鳴し、1949年頃、伊那支部開設の際、両親が、我が家をレッスン場所として提供したり、知り合いに声をかけてスズキ・メソードへの参加のお手伝いをいたしました。

 当時45ヵ月の私は、7歳年上の兄とヴァイオリンを始めました。皆様ご存知と思いますが、ヴァイオリン科の場合は10巻まで教材があり、それを終えると当時は研究科卒業となります。ピアノ科の場合は7巻の教材を終了して研究科の卒業でしょうか? 小学校5年生の時に、私は研究科を卒業し、それ以降、今、考えると大変恵まれたことだと思いますが、当時は鈴木先生に直接レッスンをしていただくことができました。

 小学校5年生から高校2年生まで毎週土曜日の午後、私の住んでいた当時長野県伊那町(現在の伊那市)から松本までの2時間、電車と汽車を乗り継ぎ、その夜は合奏レッスンを受け、そのまま先生のお宅に泊めていただき、翌朝、当時としては珍しい洋食の朝ごはんをご一緒させていただいた後、日曜日の朝一番目にレッスンをしていただくという日々を7年近く過ごすことができました。

 本日はせっかくの機会ですので、スズキ・メソードとの関わりを70年以上経験した私のこれまでを振り返り、スズキ・メソードで学んだことが如何に私の大きな財産となっているかをお話したいと思います。

お話のポイントは4つあります。
一つ目は、「親の子どもに対する役割と指導者の役割とは?」
二つ目は、「弾くことを継続していく事の大切さとは?」
三つめは、「スズキ・メソードで学んで得られるものは何か?」
四つ目は、「どこまでの演奏レベルに達することが求められるか?」

I.「親の子どもに対する役割と指導者の役割とは?」 
1.まず、親の役割とは何でしょうか?
 それは、子どもの人格形成に必要な「場と機会」を子どもに与えることです。親、とりわけお母さまは日々の家庭生活の中で一番子どもと直接かつ長時間接しておられるわけで、その「場と機会」を子どもに対して与える大切な役割を担っていらっしゃいます。
 本日お集りのお母さま方は、ご自身の子どもさんにスズキ・メソードでピアノを学ぶという素晴らしい「場と機会」をすでに与えられ、その成果が本日の卒業記念演奏会につながりました。

 親が子どもに「場と機会」を与えることはこれにとどまりません。子どもと一緒に歩いている時に、道端に咲いているきれいなお花を指さして「きれいだね!」とその美しさを共有することや、一緒に食事をしていて「このお料理とてもおいしいね!飾りつけも素敵だね!」、素敵な音楽を聴いて、その演奏について「すごく上手だね!きれいな音だね!心にしみるね!」など、日常生活の中で子どもと感動を共有できる場面はたくさんあります。

 大事なことは、その時々にその感動の内容を親が口にして子どもとそれを共有することと、そういう機会をたくさん持って大切にすることです。

2.それでは、指導者の役割とは何でしょう?
 指導者は指導者になるために、「スズキ・メソードとは何か?」、「 鈴木鎮一先生が目指されたものは何か?」、「音楽とは何か?」、「どう演奏するのが良いか?」、「この子に合った指導方法は何か?」などを勉強しながら、生徒さん、親御さんに対して最適なアドバイスを見つけ出して、そう、親が子どもに与えた大切な「場と機会」、すなわちレッスンを通じて子どもと親の理解と納得を引き出してくださる大切な役割を担っておられます。無論、毎回のレッスンが子どもにとっても親御さんにとっても楽しくなるようにとの大事な役割も担ってくださっています。

 ですから、もし親御さんが何かの問題に突き当たれば、先生ご自身が学ばれた鈴木先生の数多くのお考えの中からそのヒントを見つけ出して解決策をアドバイルしてくださるはずです。大切なことはこのように指導者と親と子どもがお互いに信頼関係を深めて、前に、前にと進んでいくことだと思います。

II.では二つ目の「弾くことを継続していくことの大切さとは?」についてお話ししましょう。

1.継続は力なりと申しますが、正にその通りだと思います。練習の継続、レッスンの継続なくして進歩はありません。皆様が良くお分かりの通り、ピアノやヴァイオリンを弾く・演奏することは簡単にできることではありません。ですから、子ども自身が日々練習を重ねることやレッスンの積上げと継続が必要で、特に反復練習は大切ですね。

2.「それはわかっているけれど、子どもが練習を嫌がったり、親としては、ピアノもあるけど人並に公文もさせたいし、水泳にも通わせたいし、どうしたらいいのか分からない」とのご意見・ご質問が当然出ると思います。練習を嫌がることへの対策は後から触れますが、次にいくつか私の考えをお話し致しましょう。

日常生活の中で、ピアノ・ヴァイオリンの練習を習慣化すること。
 振り返りますと、私の母は、母と私の間で、私が小学校に行く日は毎朝8時~830分までヴァイオリンを弾くこと。午後、学校から帰ってきておやつを食べたら、遊びに行く前に30分弾くこと。もし、朝の練習時間が足りない時にはその分帰宅後の練習時間を増やすことを約束しました。

 小学校低学年の時でも練習時間をどのくらいにするかとか、何時から練習するかについて、子どもとよく話しあってそれを決めて、約束して、紙に書いて壁に貼っておくのもいいでしょう。だんだんそれに慣れてきて小学校も高学年になって行くに連れて練習時間を例えば15分ずつ増やすことも必要なってくるでしょう。取り組む曲が長く、また、難しくなって来るからです。その時はまた子どもさんと、話し合って新たな時間配分を決めてください。

 ピアノやヴァイオリンの練習に限らず、子どもの行事については同様の考えに立ち、時間配分を親と子が納得づくで決めておくことが大切だと思います。習慣化について大切なことは「例外を作らないこと」です。まずは親がそれをきちんと守るようにがんばることです。もし何らかの別の用事が入り、その日の練習時間が守れなかった場合は、翌日それを取り戻す意味で追加の練習を加えるように努力することです。

練習を楽しむには?
 それでは練習を楽しくするにはどうしたらいいでしょうか?いくつか大事な方法があると思います。

 まず一つ目は、取り組む曲について、その曲の名演奏をいろいろな機会をとらえて子どもと一緒に聴きまくることです。食事の時、就寝前、寝覚めの音楽としてなど、いつ聴く・聴かせるのがいいかはそれぞれのご家庭でお考えいただければ良いですね。

 大事なことはその曲をともに聴いて親として気が付いたことを子どもに話してそれを親子で共有することです。「きれいな音だね!」、「ここはあんな風に歌うと格好いいね!」、「ここは難しいね!でもゆっくり何度も練習したらきっとうまく弾けるようになるね!」など、話題は何でも構いません。耳から入る音楽をより印象づけるために言葉を通して親子でそれを共有できれば、その曲に対する興味を深め、同時により楽しむことに役立つと考えます。

 練習を楽しむための方法として次に指摘したいことは、子どもの演奏が上手く行った時には大いに褒めてあげることです。
 逆にうまく行かなかった時、「おしい! もう一度、今度はゆっくり弾いてみようか」、あるいは「5回続けて上手く弾けたら次に行こうね」などの声掛けをし、上手く弾けたら「やったあ!」「すごい!がんばったね!」「最高!」と、しっかり褒めてあげることです。

 自分自身の鮮明な思い出をお話しますと、鈴木鎮一先生は叱ることを全くされない先生でした。うまく弾けない箇所があると、ちょっと間をおいてから「うん、なかなかいいよ!でもちょっと難しいところだね。こういう指使いでこんな風に弾くとうまくいくよ」と言いながら模範演奏をしてくださったものです。

演奏を楽しむためにはどうしたら良いか?の観点からはちょっと外れますが楽器を演奏することを今度は気分転換の道具として大いに活用することもお勧めです。
 子どもたちは、いずれかの年齢で、受験勉強などを必要とする時期があるでしょう。勉強に疲れた時、ふと楽器に触れて好きな曲・得意な曲を弾いてみることで頭の疲れを休める効果は計り知れません。これは子どもに限ったことではなく、大人になり、社会生活を送る中でも気分を落ち着けたり、元気を取り戻したりするための一つの手段として有意義だと思います。

昨年5月のスズキ・メソードOBOG会のコンサートで面白い企画をしました。
 それは大学のオーケストラでコンサートマスターを経験したスズキ・メソード出身者にヴィヴァルディの「4つのヴァイオリンのためのコンチェルト」のソロを弾いてもらおうという企画でした。早速指導者の先生を通じて人選をお願いしたところ、慶応義塾大学、東京大学、早稲田大学、東京工業大学のオーケストラでコンサートマスターを務めたことのある20代の若者が4名(女性2名、男性2名)が、すぐに見つかりました。メンバーはこのみなさんです。
1st.Vn:津村佳奈(早稲田大学)
2nd.Vn:久保太基(東京大学)
3rd.Vn:田中泰大(東京工業大学)
4th.Vn:鈴木 蘭(慶應義塾大学)

 コンサートマスターを務めたということは、簡単に言えば、そのオーケストラの中でヴァイオリンに関しては一番うまくなくてはなりません。加えてアンサンブル能力がしっかり身についていることも求められ、かつ、人望もなくては務まりません。こういう能力を身に着けた4名のソリストを我々が伴奏した結果は、実に素晴らしいアンサンブルとなり、当然のことながらお聴きくださった皆様にも大変楽しんでいただけました。ちなみにこの4人の若者は中学・高校共にヴァイオリンを途中でやめるといったことは一切なく、今も弾き続けているのです。正に「継続は力なり」ですね。

 これは以前、指導者の方々から伺ったお話ですが、受験勉強があるからなどの理由で途中でヴァイオリンをやめてしまった子どもと、ずっと続けてきている子どもたちについて、入学した大学を見ると、明らかにずっと続けてきた子どもたちの方がより良い大学に入学するケースが圧倒的に多いとのことでした。継続したことによるその子の能力が、音楽以外の面でも、十分発揮され、大学合格につながったものだと、私も先生方も一致した意見となりました。

III. 三つ目の「スズキ・メソードで学んで得られるものは何か」についてお話しましょう。

 親子、先生との練習継続、模範演奏をよく聴くことなどを通して、子どもたちが知らず知らずに身につけて行く能力にはどのようなものがあるでしょうか?それは、忍耐力、記憶力、協調性、音と表現に対する敏感な耳:「きれいな音は何か、正しい音程は何か、どんな速さが良いか、どんな強弱のつけ方良いか、どう表現すれば作曲者の求めるものになるのか」などが培われ、身についていくものです。

 それでは、合奏練習を考えてみましょう。初めのうちは自分本位の演奏になりがちですが、回を重ねることで、他の演奏者の演奏がだんだん良く聴こえて来るようになって、自分の演奏を相手の演奏に合わせようとするようになると協調性も育まれることになりますね。協調性、言い換えれば人間同士の良きお付き合いができるようになることは、社会の中で生活していく上で欠くことのできない大事なことでもありますね。さらに、そもそも西洋音楽を中心に、常日頃勉強していることは、国際性を身に着けていくことにもなります。 
   
 一つ、この国際性に関して自分の体験をお話しましょう。私は商社マンとしての40年以上の会社人生を過ごしました。そのため50ヵ国以上の海外出張、海外取引に従事したわけですが、ある時、欧州の取引先の社長のご家庭に夕食にまねかれて、たまたまそこにお嬢さんが弾いておられるヴァイオリンがあったので、食事を終えた後、1曲弾かせていただきました。

 実はこの取引先との交渉はその日までなかなか難しいところがあって、暗礁に乗り上げかかっていたのですが、翌日、社長の態度がガラリと変わり、なんと、交渉がスムーズにまとまったのです。前日と当日の違いといえば、社長宅でのご家族との会食と、演奏と、演奏曲について、作曲者と作品の背景などのお話しをした以外他に考えられません。取引先社長の前日までの私に対する印象は、やや高圧的で、あえて私の想像を交えて社長の気持ちを推測してみれば、「日本という小さな島国からやってきた小柄なこの青年は間違いなく我々よりはるかに教養レベルも劣る人間であろう。我々ははるかに教養の高い人間であり、このような相手には自分の国の進んでいることを自慢でもしながら一度食事にでも誘ってやろうか」くらいの気持ちであったと推測します。

 ところが西洋音楽を西洋楽器で目の前で演奏し、かつそれに対する細かい説明までしたことで、すっかり私に対する見方が変わり、無理な条件は引っ込めて契約締結につながったのではないかとつくづく思った次第です。

 子どもたちのスタートは紛れもなく楽器・音楽の習得ではあるものの、只今触れたいろいろな能力要素、すなわち、忍耐力、記憶力、協調性、敏感な耳、国際性などは、音楽以外の勉強の習得のみならず、人間同士が営む社会生活においても大いに求められる大切な要素であることを皆さまもお気づきのことと思います。そういう大切な能力をスズキで学ぶことを通じて知らず知らずのうちに子供たちが身に着けていくものなのです。そうそう、付け加えることがありました!スズキ・メソードの子どもたちは英語の発音がとても上手い!は定説ですよね。

IV.最後になりますが、4つ目のポイント、すなわち「どれまでの演奏レベルに達することが求められるか?」についてお話をしたいと思います。

 ピアノには独奏も楽しい美しい曲がたくさんありますが、他の楽器と一緒に楽しむのにもとても優れた楽器ですね。ところで、ヴァイオリン曲の伴奏を頼まれた時に、もしその伴奏がヴァイオリンの演奏の足を引っ張ってしまうような伴奏であったら2度と一緒に演奏しましょうという話にはなりませんね。

 ヴァイオリンであれば、弦楽4重奏とか、ピアノ・トリオやピアノ・クインテットもたくさんあります。何を申し上げたいかというと、人よりもちょっとでも上手なレベルまで到達していれば、たくさんの仲間といろいろな曲を楽しむことができるということです。日頃の練習さえしっかり心がけてやっていれば、多くの素晴らしい仲間にも恵まれて音楽を一生楽しめることになりますね。ヴァイオリンでいえば、10巻まできちんと終え、そのあとも機会あるたびに自分の習った曲
をいつでも弾けるようにしておく、あるいは、新たな曲に挑戦するといったことを大いに心がけることで、自分の人生のいろいろな幅、共通の楽しみ、新たな曲との出会いなどが広がっていくと思います。

 以上大変長くなりましたが、お母さま、お父様におかれましては、お子さんの現在のピアノを継続していくことが、お子さんの人生にとって大きな財産になることを改めてご認識いただき、いろいろ大変なこともあると思いますが、親子ともども楽しみながらがんばっていただきたいと思います。

 最後になりますが、本日の卒業演奏会の実現に向けて多大なご尽力をくださった指導者の皆様、新井洋子先生、飯島絵理子先生、小林恵子先生、嶋田幸子先生、杉田裕恵先生、中村明美先生、堀田恵美子先生、子どもたちのこれからの立派な人格形成のために、また、子どもたちの素晴らしい未来を作り上げるために、引き続き、お母さま方と一緒にご尽力くださいますようよろしくお願いいたします。


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